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極真空手は創始者故大山倍達総裁が
「頭は低く目は高く口慎んで心広く、孝を原点として他を益する」
という理念の元に作り上げた地上最強の武道空手であります。
「頭は低く目は高く」とは謙虚で在るが、目標はあくまで高く最高峰を目指すと言う意味であり、「口慎んで心広く」とは余計なことは極力語らず、心を広くして他人を受け入れるという意味であり、「孝を原点として他を益す」とは親孝行を感謝の原点として他者に感謝の念を持ち、その他人や世間・社会に利益をもたらすように生きよという意味なのです。
したがって極真の理念は要約すれば「力と感謝」となる。
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大山 倍達 |
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今から半世紀前 ビール瓶を手刀で割り、10円玉を指で曲げ、石を手で引きちぎり、 世界中の格闘家に打ち勝ち、47頭もの猛牛を素手で倒した男がいた。 男の名を大山倍達という。
極真空手の創始者であり、1965年【直接打撃制ルール】 を掲げ、財団法人極真奨学会、国際空手道連盟・極真会館を設立 世界120カ国、、1200万人の門弟の総裁として、その生涯を 極真空手に捧た。1994年逝去。(享年70歳)
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代表紹介 |
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財団法人 極真奨学会 国際空手道連盟極真会館 浜井派代表 浜井識安 略歴
| 1954(昭和29)年2月15日 |
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石川県七尾市出身 |
| 1972(昭和47)年4月 |
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一橋大学法学部入学 |
| 1972(昭和47)年7月 |
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財団法人極真奨学会 国際空手道連盟極真会館 池袋総本部入門 |
| 1973(昭和48)年11月 |
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極真空手 第5回全日本空手道選手権大会 第6位入賞 |
| 1976(昭和51)年3月 |
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一橋大学商学部卒業 |
| 1977(昭和52)年5月13日 |
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財団法人極真奨学会 国際空手道連盟極真会館 石川支部長就任 |
| 1977(昭和52)年11月 |
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極真空手 第9回全日本空手道選手権大会 第4位入賞 |
以後 選手育成に尽力
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水口敏夫 |
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第14回全日本準優勝(1982年) |
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第15回全日本6位(1983年) |
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第3回世界大会出場 |
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第16回全日本3位(1984年) |
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増田 章 |
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第15回全日本5位(1983年) |
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第3回世界大会出場 |
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第17回全日本3位(1985年) |
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第18回全日本準優勝(1986年) |
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第4回世界大会3位(1987年) |
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第21回全日本4位(1989年) |
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第22回全日本優勝(1990年) |
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第5回世界大会準優勝(1991年) |
の二人の有名選手を育成。極真空手の名伯楽と称せられるようになった。
特に増田選手はミスターK−1アンディ・フグ選手の空手時代の最強ライバルとして空手界・格闘技界で有名。
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2006(平成18)年5月 |
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財団法人極真奨学会 国際空手道連盟極真会館浜井派設立 代表に就任 |
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2007(平成19)年4月 |
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財団法人極真奨学会理事に就任 |
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道場訓 |
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一、吾々は心身を錬磨し確固不抜の心技を極めること 私達は空手を修行する事によって、心と体を鍛えてどんな事にも動じない精神と技を身につける事
一、吾々は武の真髄を極め機に発し感に敏なること 私達は武道としての空手を徹底的に追及していくことで、どんな状況にも臨機応変に対応する力と相手の心を理解する思いやりや優しさ、どんな事にも素直に感動できる心を身につけること
一、吾々は質実剛健を以て克己の精神を涵養すること 私達は自分を飾ることなく、真面目で素直に空手の修行に打ち込むことによって、自分自身に打ち勝つ強い心を養っていくこと
一、吾々は礼節を重んじ長上を敬し粗暴の振舞いを慎むこと 私達は礼儀を身につけ、目上の人を敬う心を養い、乱暴な態度や行動をしないこと
一、吾々は神仏を尊び謙譲の美徳を忘れざること 私達は人間の力がおよばない自然や宇宙の摂理を重んじ、神や仏を敬い、相手の事を大切にし、自分を謙遜する態度を身につけること
一、吾々は知性と体力とを向上させ事に臨んで過たざること 私達はただ肉体だけを鍛えるのではなく、知性と体力をともに向上させなければなりません。それによってどんな状況でも焦らず、冷静に対処できるようになること
一、吾々は生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うすること 私達は、武道としての空手の修行を一生かけて追い求め、一生を通じて極意に一歩でも近づくことができるよう、日々努力精進すること
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